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映画産業を揺るがす関税政策の衝撃
2025年5月、ドナルド・トランプ米大統領が「外国で製作されたあらゆる映画」に100%の関税を課す方針を発表し、世界の映画産業に激震が走った。この政策は単なる貿易措置を超え、グローバル化した現代の映画製作システムそのものへの挑戦とも言えるものである。本論では、この劇場公開作品に与える多面的な影響を、製作コスト、消費者価格、作品の多様性、国際関係、産業構造の変化という5つの観点から詳細に分析する。特に、パンデミックとダブルストライキ(脚本家と俳優の同時ストライキ)で既に疲弊しているハリウッドが、この新たな政策にどう対応しようとしているのか、その苦悩と戦略に焦点を当てながら考察を深めていきたい。
製作コストの急増とハリウッドの対応戦略
100%関税の導入により、海外で製作された映画のアメリカ国内での公開コストは劇的に上昇する。現代のハリウッド大作はそのほとんどが多国籍製作であり、例えば『アバター』シリーズはニュージーランド、『ウィッキッド』は英国、『ノスフェラトゥ』はチェコのプラハで撮影されている。これらの作品が関税対象となれば、製作費が倍増する可能性すらある。PPフォーサイトのアナリスト、パオロ・ペスカトーレ氏が指摘するように、「コストの消費者への転嫁は不可避」であり、これは単なる貿易問題ではなく、映画製作の経済モデルそのものの再編を迫るものである。
ハリウッドスタジオが海外で製作を続ける主な理由は、税制優遇措置と人件費の安さにある。カナダや英国、オーストラリア、ニュージーランドなどは30%前後の税額控除を提供しており、さらに為替レートや労働組合規制の緩さも魅力となっている。例えば、南アフリカのケープタウンで撮影されたニコラス・ケイジ主演作『ロード・オブ・ウォー』や、オーストラリアのメルボルンで撮影された『ノウイング』は、製作費削減のためにわざわざ遠隔地での撮影を選択した典型例である。2000年の『X-メン』はカナダで、2006年の『スーパーマン リターンズ』はオーストラリアで撮影されており、この傾向は20年以上前から続いている。
関税導入に対するスタジオの対応として考えられるのは、(1)コスト増をそのまま受け入れ利益率を低下させる、(2)チケット価格や配信料金を値上げする、(3)製作数を減らす、の3つの選択肢である。業界関係者の間では、「スタジオがコンテンツの量を減らす可能性がある」という懸念が強く、これは2023年のWGA(アメリカ脚本家組合)とSAG-AFTRA(全米俳優組合)のストライキによる製作遅延がようやく解消されつつあるタイミングでの新たな打撃となる。
興味深いのは、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事が関税発表直後に75億ドル規模の連邦映画税制優遇策を提案したことである。これは現行のカリフォルニア州の税額控除(年間約3億3000万ドル)を大幅に上回るもので、「関税という鞭」ではなく「税制優遇というアメ」で製作の国内回帰を促そうとする試みと言える。ニューサム知事は「強い州レベルのインセンティブが何をもたらすかを私たちは証明した。今こそ『アメリカ映画を再び偉大にする』ための真の連邦パートナーシップの時だ」と訴えている。

劇場体験の変容:チケット価格上昇と作品多様性の減少
関税政策が実施されれば、映画館のビジネスモデルにも深刻な影響が及ぶ。劇場業界はパンデミックからの回復途上にあり、2024年の世界興行収入は約300億ドルと、パンデミック前の水準(年平均約420億ドル)から依然20%低い状況にある。このような中での関税導入は、回復をさらに遅らせる要因となる。
チケット価格への影響を試算すると、現在の平均チケット価格が約15ドルの場合、関税分が完全に転嫁されれば30ドルに跳ね上がる可能性がある。これは「目の肥えた観客を喜ばせるアクション、CGを提供しつつ、利益を出す」ことがますます難しくなる状況で、観客の劇場離れを加速させる危険性が高い。特に価格敏感層である若年層や家族連れにとって、映画館は手の届かない娯楽となりつつある。
さらに憂慮すべきは、作品の多様性が失われるリスクである。関税の適用対象が「外国製作映画」と広く定義されれば、ハリウッドスタジオが海外で製作する英語作品だけでなく、韓国の『パラサイト 半地下の家族』のような非英語圏のアートハウス作品や、インドのボリウッド映画、日本のアニメーション映画なども対象となり得る。実際、『パラサイト』は2020年のアカデミー賞で作品賞を含む4部門を受賞し、アメリカ市場で5380万ドルの興行収入を記録している。また、パディントン・シリーズの最新作『パディントン・イン・ペルー』(2024年)もアメリカで4500万ドル以上の収益を上げている。

インドのプロデューサーズ・ギルド会長シバシシュ・サルカル氏によれば、インド映画はアメリカ市場で年間約1億ドルの興行収入を上げており、500万人以上のインド系移民にとって重要な文化の架け橋となっている。関税によりこれらの作品の上映が減少すれば、アメリカの文化的多様性は大きく損なわれるだろう。映画監督ヴィヴェック・アグニホトリ氏が指摘するように、「特に(映画が)NetflixやAmazonなどで利用可能な場合、劇場でこれらを見る人はいなくなる」可能性が高い。
一方で、中国映画のようにアメリカ市場への依存度が低い作品も存在する。2024年に公開された中国アニメ『ネ・ジャ2』は公開4週間で19億ドルの興行収入を記録したが、その99%以上が中国本土からの収入であった。このような作品には関税の影響は限定的だが、逆に言えば、アメリカ市場への進出意欲そのものが低下する可能性もある。
国際関係の緊張:報復措置と文化摩擦
トランプ大統領が関税を正当化する根拠として提示したのは、「国家安全保障上の脅威」という意外な理由である。大統領はTruth Socialへの投稿で、「これは他国の結託した努力であり、したがって国家安全保障上の脅威だ」と主張し、外国映画を「メッセージングとプロパガンダ」と表現している。このような言説は、映画を単なる商品ではなく、イデオロギー的なツールとして位置づけるものであり、文化交流という観点からは憂慮すべき発想である。
実際、この発表に対して各国からは強い反発が起きている。オーストラリアのトニー・バーク藝術相は「私たちはオーストラリアのスクリーン産業の権利のために明確に立ち上がるだろう」と宣言し、英国のメディア・エンターテインメント組合Bectuのフィリッパ・チャイルズ代表は「COVIDと最近の減速に続いてこれらの関税が来れば、ようやく回復しつつある産業にノックアウトブローを与える可能性がある」と警鐘を鳴らしている。
特に懸念されるのは中国の報復措置である。中国国家電影局は先月、トランプ政権の対中追加関税への報復として、国内でのハリウッド映画の上映数を「適度に減らす」と既に発表している。中国市場はハリウッドにとって極めて重要であり、『ワイルド・スピード』シリーズや『トランスフォーマー』シリーズなどは中国での興行収入がアメリカを上回ることも珍しくない。関税戦争がエスカレートすれば、ハリウッドスタジオの収益構造は根本から揺らぐことになる。
欧州議会のローレンス・ファラン議員(フランス大統領エマニュエル・マクロンのルネサンス党所属)は「アメリカ人が代償を払うことになるだろう」と予測し、この問題が2025年のカンヌ映画祭でも主要な話題になると指摘している。実際、映画産業のグローバル化は非常に進んでおり、単純に「アメリカ製」「外国製」と二分することは不可能に近い。例えば、アメリカ資本で製作されても撮影地が外国の場合、外国資本が関与していても主な撮影がアメリカで行われる場合、さらにポストプロダクション(編集やVFX作業)が別の国で行われる場合など、多様なパターンが存在する。
この複雑さを象徴するのが、ハリウッドとカナダの関係である。2001年には労働組合連合がカナダの補助金を理由に国際貿易委員会(ITC)に対し、カナダからの映画・テレビ製作への関税調査を要請したことがある。この要請は後に撤回されたが、トランプ政権の関税政策はこのような古い対立を再燃させる可能性がある。カナダで多くの撮影が行われる理由は、地理的近さに加え、為替レートや税制優遇が有利であるためだが、国際舞台芸術労働組合(IATSE)のマシュー・D・ローブ会長が述べるように、どんな貿易政策も「カナダのメンバーや産業全体に害を及ぼしてはならない」のである。

産業構造の変容:製作の国内回帰とその課題
トランプ政権の関税政策が目指すのは、明らかに製作の国内回帰である。実際、ロサンゼルスを中心としたカリフォルニア州の映画産業は衰退しており、FilmLAの調査によれば、2018年から2023年にかけてロサンゼルス地域での製作数は4分の1減少した。代わって台頭しているのがジョージア州やニューヨーク、ルイジアナ州などのアメリカ国内ロケーションと、英国、カナダ、オーストラリアなどの外国ロケーションである。
この傾向はアカデミー賞ノミネート作品にも顕著に表れており、2025年の作品賞候補の大半は米国外で撮影されている。ProdProがスタジオ幹部を対象に実施した2025-26年の希望ロケ地調査では、上位5位を海外が占めているという。まさにトランプ大統領が嘆くように、「アメリカの映画産業は非常に速いスピードで死につつある」のである。
しかし、関税だけで製作を国内に戻せるかについては疑問の声が多い。まず、アメリカ国内には大規模な製作を受け入れられるだけのスタジオ容量と熟練労働力が不足している。パンデミック後、各スタジオがコンテンツ製作に狂奔した時期にはロサンゼルス内のスタジオ需要が急増したが、その後、俳優と脚本家のストライキで多くのスタジオが空き状態になっている。とはいえ、一夜にして製作基盤が回復するわけではない。
さらに深刻なのは、創造性への制約である。プロデューサーのトッド・ガーナーが指摘するように、「『プライベート・ライアン』を米国でどうやって作るのか?シュリーブポートでか?」という根本的な疑問がある。ノルマンディー上陸作戦を描いたこの作品をフランス以外で撮影することは、歴史的真実性と芸術的誠実性を損なうだろう。同様に、『ミッション:インポッシブル』のような世界中を舞台とする作品や、『ローマの休日』(1953年)のような特定の土地の魅力に依存する作品も、撮影地制限によってその本質が失われる危険性がある。
興味深いことに、この問題は75年前にさかのぼる。『ローマの休日』のウィリアム・ワイラー監督は当初、イタリアでの撮影を希望したが、パラマウント・ピクチャーズもイタリア観光省も反対した。結局、ワイラーは白黒撮影にすることでコストを削減し、イタリアロケを実現させた。このエピソードは、現代の映画製作者たちもコスト削減と創造性の間で同様のジレンマに直面していることを示唆している。トランプ政権は、オーセンティシティ(真正性)の名のもとではなく、雇用創出の名のもとに、スタジオがより高コストな場所で撮影するよう賭けているのである。
結論:映画産業の未来に向けた多角的アプローチの必要性
トランプ大統領の100%関税提案は、劇場公開作品に多層的な影響を及ぼす可能性が高い。短期的には製作コストの急増とチケット価格の上昇、作品の多様性減少、国際的な報復措置といった負の影響が懸念される。特に、パンデミックとダブルストライキで疲弊した業界にとって、この新たな混乱は耐えがたい負担となるだろう。
一方で、この政策がハリウッドの根本的な問題を浮き彫りにしたことも事実である。20年以上にわたる製作の海外流出は、ロサンゼルスの中産階級労働者、ギグワーカー、地元企業に深刻な打撃を与えてきた。「出血を止めなければ、ロサンゼルスはデトロイトになるリスクがある」という映画製作者サラ・アディナ・スミスの警告は、決して誇張ではない。
重要なのは、関税という懲罰的アプローチだけでなく、カリフォルニア州のニューサム知事が提案するような税制優遇策や、インフラ整備、人材育成など多角的な解決策を探ることである。民主党のアダム・シフ上院議員が述べるように、「包括的な関税は意図せぬ損害をもたらす可能性があるが、主要な連邦映画税額控除を通じて業界のアメリカの仕事を再び呼び戻す機会がある」のである。
最後に、映画は単なる商品ではなく、文化的交流の媒体であることを忘れてはならない。グローバル化した現代において、国境を越えた共同製作や文化交流を制限する政策は、創造性と多様性を損なう危険性が高い。トランプ政権が本当に「ハリウッドを再び偉大にする」ことを望むのであれば、関税という単純な解決策ではなく、産業の健全性と文化的価値をともに育む包括的なビジョンを示す必要があるだろう。
今後の展開として、(1)関税の具体的な適用方法の明確化、(2)税制優遇策など代替案の進展、(3)国際的な反応と報復措置の有無、(4)スタジオの長期的な製作戦略の変更、の4点を注視する必要がある。特に2025年カンヌ映画祭での業界関係者の議論は、今後の方向性を占う上で重要なヒントとなるかもしれない。映画産業の未来は、単一の政策で決定されるものではなく、多様な関係者の対話と協力によって形作られていくのである。
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